【銀行員からサッカー指導者の道へ】

先日放送のあったテレビ放送(RBC、OTVにて放送)、新聞記事を見てくださったことと、

たくさんの応援メッセージを頂きましたことに、

改めて感謝を申し上げます。

本当にありがとうございました!

 

 

先日のテレビ放送でも紹介して頂きましたが、

 

僕は元々、銀行員として県内の地方銀行に務めておりました。

 

 

プロサッカー選手になることしか考えていなかった僕が、

 

まさか銀行員になることなんて夢にも思いませんでした。

 

 

自分自身まったく想定していなかったことですから、

 

親や友人等、周囲の人たちもまさかまさかの出来事のように一時期騒がれていた程です(笑)。

 

 

サッカーしかしてこなかった僕が(一応最低限の勉強はしたつもりです、笑)、

 

銀行員になった一つの理由として、

 

「サッカーだけの人間とは思われたくなかった」ということがあります。

 

 

 

プロの道を断念し、いわゆる「就職活動」を始めた頃、

 

 

「サッカーしかしてこなかったけど、サッカーを続けてきた経験は必ず社会に出ても役に立つ」

 

 

そう自分に言い聞かし、それを「結果」で証明しようと決めました。

 

 

 

 

そして、色んなご縁もあり、就職が決まり、

 

 

4年近く銀行員として務めさせて頂きました。

 

 

 

 

これまでと全く異なる環境の中でしたが、

 

 

多くの人々に関わらせてもらえる業務内容には充実感を感じていました。

 

 

 

 

 

 

しかし、やはりどこかもどかしさを感じ続け、サッカーにもっと関わって生きたい、

 

 

何か自分のスキルで沖縄のサッカー、日本のサッカー界に貢献していけたら、、、

 

 

そう考えるようになり、育成年代の指導を考え始めます。

 

 

 

 

 

 

僕が「自分のサッカースクール を始めたい」と奥さんに打ち明けると、

 

 

もちろん反対されました(笑)。

 

 

 

当然です。

 

 

 

世間で安定職と言われる銀行員を辞め、

 

 

何より息子がまだ生後半年で、奥さんは育児に専念している頃です。

 

 

 

 

しかし、生半可な気持ちではなく、

 

 

これをやるためだったら、

 

 

寝る時間を削ってでも家族はちゃんと養うという覚悟はありました。

 

 

 

 

もちろん今思えばとても身勝手で、無茶苦茶な言動だったと思います。

 

 

しかし当時はかなり必死でした(笑)

 

 

 

 

今ではそれを理解してもらえた奥さんには本当に感謝しています。

 

 

 

 

そしてスクールを始めた頃、

 

 

まずは存在を知ってもらわないといけないと思い、

 

 

パソコンを購入し、チラシ製作から始めました。

 

 

 

 

それを自ら配って回り、

 

 

初日のスクールには10名以上の子供達が参加してくれて、

 

 

内、3名が正式に入会してくれました。

 

 

 

 

涙が出るほど嬉しかったです。

 

 

 

ちなみにこの3名の選手は、

 

 

今もスクールに通い続けてくれています。

 

 

この子達が通い続けていなかったら、

 

 

僕は今こうして活動を続けられなかったかもしれません。

 

 

本当に感謝です。

 

 

 

 

今現在はありがたいことに、出張ドリブルクリニック等も含め、

 

 

大好きなサッカーを通して、指導者の立場として、

 

 

多くの子供達と

 

 

楽しく活動をさせてもらっています。

 

 

 

 

テレビの取材でも話しましたが、日本のサッカーがさらに強くなるためには、

 

 

「圧倒的な」ドリブル技術が必要だと、本気で思っています。

 

 

 

それと同時に、サッカーがもっと文化として根付いてほしい、

 

 

これからの時代を生きる上で強いチャレンジ精神を育んで欲しい、

 

 

 

 

そういった想いがあり、僕なりに少しでも貢献していけたらと思い、

 

 

ドリブル塾を開校しました。

 

 

 

今後も、僕自身日々努力を怠らず、

 

子供達がよりサッカーを好きになり、

よりサッカーを楽しめるようになるため、

子供達と共にボールを追い続けていきます。

 

 

 

いつか、REGATE沖縄ドリブル塾から、

 

 

うちなーメッシ、

 

 

うちなーネイマール、

 

 

そう呼ばれるような、

 

 

 

「圧倒的な」ドリブラーが生まれることも一つの目標として・・・