タイトルは少し尖っていますが(笑)。
決してオラついたようなことを
言いたいわけではないのでご安心ください(笑)。
今日は「ドリブル塾」について、
改めて僕の考えを伝えさせてください。
最近、SNSなどで
ドリブル塾を批判したり、
ドリブルテクニックの練習を
することにさえも
「意味がない」といった
意見を見かけることがあります。
これに対して、
僕がまず思うのは、
サッカーには正解がない分、
いろんな意見や考え方があるのは
当然だということです。
その前提はしっかり持った上で、
中には少し違う方向に
勘違いが生まれていたり、
表面だけを見ていて
本質が置き去りになっているような
批判もあると感じています。
なので今回は、
ドリブル塾のコーチとして
少しだけ言わせてほしい!
というのがテーマです。

スクールの批判について
まず大前提として、
サッカーの指導法や
教え方に正解はありません。
そして、指導者には必ず
それぞれの個性があります。
僕は他の指導者やスクールを
批判することはしません。
なぜなら、それぞれに考え方があって、
狙いがあって、色や個性があることを
知っているからです。
もちろん、
暴力で押し付けたり、
暴言を吐いたり、
子どもがサッカーを
嫌いになってしまうような
指導には反対派です。
でも、少なくとも僕が
これまで出会ってきた
サッカー指導者の方々は、
子どもたちのために
一生懸命がんばっている
素晴らしい指導者ばかりでした。
たとえ指導法や考え方が
真逆だったとしても、
それぞれに違った方針があり、
お互いが認め合い、
学び合えることがたくさんありました。
アプローチの角度は違っても、
最終的なゴールは同じです。
それは、
「子どもたちを成長させてあげたい」
ということ。
共通しているのは、
みんな子どもたちのために
一生懸命だということです。

レガテが「ドリブル塾」として始めた理由
「ドリブルがサッカーをもっと面白くする、
ドリブルでサッカーがもっと好きになる」
これは僕の原体験をもとに
決めたテーマで、
2017年にREGATEドリブル塾を
立ち上げて以来
ずっと変わらない信念です。
僕は8歳の頃、
宮古島という小さな島で
サッカーを始めました。
当時のコーチは、
1対1のドリブル突破や
試合でのテクニックを
とにかくたくさん
褒めてくれるコーチでした。
ドリブル練習もかなり多かったです。
そんな環境もあって、
僕はドリブルが好きになり、
サッカーが好きになり、
大人になった今でもこうして
サッカー小僧を続けています。
今思うと、これって
めちゃくちゃ大事なことだと思うんです。
僕は、良い指導者とは
「サッカーを好きにさせてあげられる指導者」
だと考えています。
サッカーに出会ったのなら、
できるだけ長く続けてほしい。
サッカーを長年やってきて、
その素晴らしさを知っているからこそ、
胸を張ってそう言えます。
でも、そのためにはそもそも
サッカーが好きじゃないと続きません。
特に小学生年代はそうです。
僕の場合、「ドリブル塾」という形なら、
自分が得意とするドリブルを通して、
子どもたちにサッカーの楽しさを伝えられる。
サッカーを好きにさせられる。
そんな自信があったからこそ、
この手段を選びました。
それが、育成年代における
サッカースクールとしての
僕たちの役割だと捉えています。

ドリブル塾への批判はどこから来るのか
僕は、サッカーの楽しさや、
好きになるきっかけは、
ドリブルの上達や個人技術の向上からも
つくれると考えています。
レガテのコーチたちは、
子供達がスクールで技術を習得し
ドリブルの上達につなげてもらうために、
トレーニングメニューの組み立てや
指導方法、声かけのやり方を、
みんなで常に確認し合っています。
達成感を味わえる日もあれば、
反省ばかりの日もあります。
あらゆることを研究し、
実行し、日々改善を繰り返しているのが
僕たちの毎日です。
メニューの内容としては、ざっくりこんな構成です。
- 基礎のボールタッチ
- コーンドリブル
- コーディネーションコーンドリブル(動作改善)
- 技ドリ
- 1対1、ゲーム
実際にスクールを
見に来ていただけたら分かると思いますが、
意外と地味な練習が多いです。
もちろん、テクニックや技の練習
をするパートもあります。
どうしてもそこの部分が目立ちやすいため
それだけをやっているように
見られてしまっている部分も
あるかもしれません。
おそらく、批判的な意見は
そこから来ているんだと思います。
そう見られてしまうのも、
ある意味仕方ありません。
僕のSNSやレガテドリブル塾のYouTubeでも、
難易度の高いかっこいい足技や
テクニックを解説する動画は多くあります。
そこだけを見ると、
確かに派手さが目立つので、
そう思われても無理はないなと思います。
それでも僕は、派手な足技やテクニックも
育成に絶対に必要だと考えて、
この発信を続けています。
「派手なドリブルやテクニックなんて必要ない。意味がない」
これに対して僕の意見は、
「その裏側にある本質も説明させて!」
です(笑)。

憧れをつくるのも指導の一環
みなさんの憧れのサッカー選手は誰ですか?
僕はいつも即答で
「ロナウジーニョ!」と答えます。
特にバルセロナ時代の
ロナウジーニョはすごくて、
まるでピッチで遊んでいるかのように、
派手なテクニックやドリブルで
相手DFを翻弄していました。
「自分もそんなドリブルがしたい」
そう憧れて、シザース、エラシコ、
シャペウ、ダブルタッチ。
ロナウジーニョの数々の技を
完コピできるように、
練習がない日でも一人で
自主練していたのを今でも覚えています。
そして、それをやることで、
とてつもなくボールを
触っていたと思います。
しかも、やらされるのではなく、
自発的に、楽しみながらです。
子どもたちにこれと同じ質問をすると、
こんな答えが返ってきます。
メッシ、ネイマール、ロナウド
エムバペ、ヤマル、ロナウジーニョ。
気づきましたか?
みんな、ドリブルが上手い選手なんです。
スタイルは違っても、
個で打開できる選手ばかりです。
つまり、子どもたちの
サッカーへの憧れの多くは、
ボールを持った時の上手さや、
ワクワク感を感じられる瞬間に
あるということです。
ここで考えてみてください。
もしその憧れの存在が、
「目の前のサッカーコーチ」
だったとしたらどうでしょうか。
コーチのプレーに目を輝かせて
「自分もやってみたい」と思う。
それだけで、練習に向かう姿勢は
大きく変わります。
憧れをつくること。
それも、育成年代では
大切な指導の一つです。
これが「派手な技の裏側にある本質」の一つ目です。

「試合で使わない技」にも意味がある理由
ここで、ドリブル塾批判の話に戻ります。
批判の根本にあるのは、
「その技は試合で使わないから」
という考えだと思います。
確かに、表面だけを見れば、
試合で使う場面が少ない技も
あるかもしれません。
でも、そこに
「裏側の狙い」があるとしたら
どうでしょうか。
僕がテクニックやフェイントの練習も
大切だと考える一番の理由は、
サッカーに必要な運動神経が
抜群に高まるからです。
技を練習するときには、
- 細かいステップワーク
- 複雑な動き
- 素早い足さばき
- 体重移動
- 身体の連動
こういった動きが必ず必要になります。
もちろん、習得したフェイントや
テクニックがそのまま試合の中で
活きることもあります。
それも素晴らしいことです。
でも、それ以上に大切なのは、
仮にそのテクニックを直接試合で
使わなかったとしても、
見えないところで間接的に
試合に活きているということです。
大事なのでもう一度言います。
「見えないところで間接的に」です。
ピアノを習う子が、「ハノン」という
指の練習曲をやり続けるのをご存知でしょうか。
あの練習で弾く曲は、
コンサートで演奏されることはありません。
しかし、ハノンで鍛えた指の動きは、
どんな曲を弾くときも活きています。
技やテクニックの練習もこれに似ています。
練習した技そのものを
毎回試合で使うわけではなくても、
その過程で身についた身体操作や感覚が、
実際のプレーの質を底上げしてくれます。
ドリブルを磨くことで、
- 動きのキレや動作のしなやかさ
- トラップ時のボールタッチの柔らかさ
- 体の脱力による正確なキック
- ボールコントロールの自信から生まれる視野の広さ
- 足の可動域の広さを活かした球際の強さ
これらの副産物が生まれます。
むしろ、これがメインだと
言ってもいいくらい、
ドリブルを磨くことは間接的に
いろんなプレーに活きてきます。
「試合で使わない=意味がない」では全くないのです
これが「裏側にある本質」の二つ目です。

練習に「楽しさ」という余白をつくる理由
レガテのトレーニングは、
コーンドリブルやボールタッチ系の
たくさんボールにさわる練習が
ほとんどを占めています。
派手さとは真逆の、
地味な練習が多いです。
しかし最後のパートでは、
今回のテーマでもあるテクニックや
かっこいい技の練習など、
子どもたちにとって「楽しい練習」を
取り入れることが多いです。
これは地味な練習のあとの
ご褒美のような時間でもあります。
ここでコーチたちが
華麗なドリブルを見せると、
子どもたちの目は一気に輝きます。
練習にのめり込みます。
この瞬間です。
もし目の前のコーチたちが、
ネイマールやロナウジーニョのような
憧れの存在だったとしたら。
練習はワクワクに変わり、
楽しさが倍増します。
「真似したい!」
という好奇心が生まれます。
練習が楽しくなるんです。
これって一番大事ではないでしょうか?
楽しさが、技術の習得につながるからです。
地味な練習ももちろん一生懸命やります。
でも、それだけだと子どもたちはつまらない。
サッカーは、もともと
遊びの延長にあるものです。
楽しくなければ続きません。
真剣な練習の中にも
「楽しさ」という余白をつくること。
そしてその楽しささえも、
間接的に試合で活きる技術につなげていくこと。
それが、REGATEドリブル塾の
メソッドであり、狙いです。
「派手な技の裏側にある本質」
少しは伝わったでしょうか?

Screenshot
最後に
ドリブル塾への批判があること自体は、
むしろありがたいことだとも思っています。
批判があるということは、
それだけ真剣に育成を考えている人が
いるということだからです。
どの考え方が正しい、
どのスクールが正解
という話ではないと思っています。
大切なのは、子どもたちに合った環境があること。
そして、その環境の中で
子どもたちがサッカーを好きになり、
夢中になり、成長していけることです。
うまくなることはもちろん大事です。
でもそれ以上に、
サッカーを好きになれること。
挑戦することを楽しめること。
自分からボールを触りたくなること。
育成年代では、
そういう土台がものすごく大きいです。
僕たちは、派手な技だけを
教えたいわけではありません。
その先にある、自信や挑戦する気持ち、
夢中になれる時間を届けたいんです。
だからこれからも僕たちは、
ドリブルを磨きながら、
サッカーを好きになる子を
一人でも増やしていきたいと思って
日々活動しています。
長くなりましたが、
最後まで読んでくれて
本当にありがとうございました。
みんなで楽しく、そして何より
子どもたちに矢印を向けて
サッカーを楽しんでいきましょう^^
TAKUYA

